ファッション・美容について浪費の日々…気づけばローン地獄に!

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念願の一人暮らし、浪費生活のスタート

現在38歳の主婦で、子供もおります。私の人生の究極浪費生活は21歳の頃でした。

当時短大を卒業して、大手広告代理店の一般事務でOLとなりました。憧れの華やかな社会人ライフ。夢は大阪市内で一人暮らしをすることでした。こつこつお金を貯めて、21歳の夏、ついに市内で念願の一人暮らしを開始させることができました。カーテンや家具も自分のお気に入りのものを買い揃え、友達をどんどん我が家に招いてパーティーピーポー満喫でした。

勤務先は大阪市北区。帰り道は決まってショッピングでした。ほぼ毎日!当時はルクアやグランフロントはなく、メインは百貨店でしたので、なんせ単価が高い!私の職場には幸か不幸か、セレブな女子が多く、その影響もあってか、何となくその頃は安物を身につけることが物凄く恥ずかしいことのように感じていました。そのため、購入するのは靴もアクセサリーも、洋服も、全て数万円で名前のあるブランドのもの。逆にデザインが好きでも、値段が数千円だと信用できずに買わないという状態でした。

浪費はもちろん買い物だけにとどまりません。美容やエステなどにも20~30万平気でつぎ込んでいました。中でも当時はまっていたのはネイルアート。今みたいにリーズナブルなものはなく、一回2万円というのが平均的で、それを月に2回ペースで通っていました。いったいどこのセレブだ!?という状態の浪費ぶりでした。

じわじわおしよせるローン地獄…

エセセレブがこんな浪費生活を送っていて、やって行けるはずもなく…。月々のしわ寄せはどんどん膨らむばかり。月給は手取りで20万弱、家賃52000円。毎月のカード支払いは10~20万円。全く成立していませんでしたが、これら月々のオーバーは年間100万程度出ていたボーナスでなんとか補てんしているといった状態でした。

ですが、それも続けていると追いつかなくなっていきます。ただ、私が底抜けに楽天的で(てか、バカ?)とことん「まあ、なんとかなるさー」みたいな状態で、今が良ければ全てヨシでしたので、改善する気配もありません。最終的にはカード支払いでは追いつかず、気がつけばクレジットカードについているローンを限度額いっぱいまで使うようになっていました。それでも足りないなら消費者金融があるじゃんっていうノリで、当時ダンスのCMでもお馴染みの、武富○という消費者金融にも手を出しました。

さすがに消費者金融はヤバイというセンサーだけは働いて(遅いですけど・笑)、何度かお世話になる程度でしたが、消費者金融ってあまり借りていないとしつこく「最近どうですか?融資しますよ」という勧誘電話がくるのです!ノルマでもあるんでしょうか…。いずれにしてもあまり喜ばしい勧誘ではないんですが。

何はともあれ、次第に借金地獄は泥沼状態で、かといってこんな実態人に言ったらドン引かれるということで、誰に相談することもなく苦しい日々が流れました。

ダークな世界も味わうハメに…

ローンは一向に減る気配はなく、なんやかんやで気づけば26歳。ええ年して貯金どころかローンは200万近くにのぼりました。マンション買っただの車買っただのでのローンならばいざ知らず、単なる浪費の積み重ねだけでの200万ローンは恥ずかしすぎました。

これはなんとか割よく稼ぐしかない!!ってことで、よくちまたのポケットティッシュで配られてる広告にある「テレフォンレディ」的なのをしてみたりしました。男性会員がお金出して、女の子としゃべるってやつのいわゆるさくらですね。とはいえ、1時間2000~3000円くらいだったかなと思います。でも1時間喋るのって結構キツイ。

次は更に高額を稼ごうと、ファッションヘルスの門を叩く私がいました!なんかホストみたいな人に一連の仕事内容を本番さながらに指導されるんですが、さすがに20代後半でコレはきついと心が折れました。…ヘルスでは心が折れましたが、実は個人的に一回20000~30000円で男の人とそういうことをして小遣いを稼ぎました。が!軽い性病にかかったりで、いよいよ情けなくなってきたのと親に申し訳なくなってきたことで、それもやめてしまいました。

とことん落ちたけど、自分さえ変わればなんとかなる

28歳の時、付き合っていた彼氏と結婚することになり、いよいよ200万円(全然減ってない!)の借金を告白せざるえない状況になってしまいました。まずは彼に告白。彼はちょっと驚いていましたが、冷静に「親に相談しな」って言ってくれて、ついに自分の親に告白しました。母親は完全に呆れ返っていましたが、やっぱり親です。借りていたすべてのお金を私に代わって返済してくれました。そしてその肩代わりした分を無金利で私から親に返すという提案をしてくれました。「借金なんか抱えて嫁に行ったらあかん。自分で完済してからいきなさい」

ただ肩代わりするだけでなく、ちゃんと私に筋を通させてくれたから、今の私があります。あの時ただ立て替えてもらうだけでは、おそらくまた私は同じ過ちを犯していたでしょう。

自分の正しい感覚を身につけること。気づくこと。

クレジットカード会社等への借金は親によって全て返済されましたが、さあこれから200万円の親への返済が始まります。もちろん一人暮らしはやめて、実家暮らしに戻りました。一人暮らしのマンションから嫁に出ず、ちゃんと親元から出て欲しかったという母の願いも、結果的にはかないました。

毎月7~8万円とボーナスでの返済を続けて1年で完済しました。正社員として働いていましたが、少しでも楽になりたかったし結婚式にむけての資金も必要でしたので、土日は日雇い派遣で工場などで働きました。今までのことを洗い流すかのように一生懸命働きました。すると、そこには新しい発見もあったのです。

広告代理店の同じようなメンバーとしか付き合う機会がほとんど無かった私ですが、日雇い労働に行くと色んな環境の人々と接することになります。お金がなくてお昼ご飯を食べない人、卒業旅行にいくための旅費を稼ぐためにきている学生さん、会社員やめて勉強をしているという人、本当に人はそれぞれ環境や条件が違っていて、皆それぞれに頑張っているんだと実感しました。ブランド品やアクセサリーを買う満足感なんかとは全然違う、うわー人ってすごいなー、愛おしいなーという幸せな感覚。自分自身の今の状況が全く悲観的に思えなくて、私も負けずに頑張ろうって心から思えました。
本当に良い勉強になりました。

それがあって、浪費だらけの借金女だった私も今では一児の母となり、家計をやりくりして奮闘しています。若い頃に、もっとちゃんとお金貯めとけばよかったなーと思うこともしばしばですが、子供の成長を日々感じながら、幸せに暮らしています。それに一年で200万円の借金を返済して、結婚式まであげたんだっていう小さな自信も持っています。やれば出来るんだ!っていう自信。

20代は、借金だらけの後悔の日々ではありましたが、今では自分には必要な時間だったんだろうなと思っています。

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